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静岡地方裁判所 昭和51年(ワ)436号 判決 1977年5月30日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告原崎勝次に対し、金七五〇万円、同原崎初江に対し、金七五〇万円及び右各金員に対する昭和五一年一〇月二八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決及び1につき仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  保険契約の締結

原告原崎勝次(以下原告勝次という。)は、昭和五〇年七月一一日被告との間に、原告勝次保有の自家用普通乗用車(静岡五六た九、〇七三号、以下本件自動車という。)につき、保険期間昭和五〇年七月一一日から昭和五二年八月一一日まで、保険料金三万五、三五〇円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

2  交通事故の発生

原崎秀美(以下秀美という。)は、原告ら夫婦の次男であるが、渡辺清孝(以下渡辺という。)運転の本件自動車に同乗中、昭和五一年三月七日午前一時二五分頃渡辺が運転を誤つて本件自動車を浜松市和合町三一五番地四二九号地先の石塚会計事務所のブロツク塀に激突させたため、助手席にいた秀美は頭蓋底骨折等の重傷を負い即時同所で死亡した。

3  原告らの損害

原告らは、本件事故により次の損害を被つた。

(1) 死体処置料 金九万八、〇〇〇円

秀美は、前記場所で即死したので、最寄りの出田整形外科医院に死後の処置を委ねたが、原告勝次はそれに金九万八、〇〇〇円を要した。

(2) 秀美の逸失利益 金一、一五七万三、一八四円

秀美の死亡時の年齢は、一八歳(昭和三二年三月二三日生)であるところ、少なくとも六七歳までの四九年間は就労可能であつたと思料され、同人の所得は年齢別平均給与額金九四万八、〇〇〇円(昭和四八年度賃金センサス第一巻第二表の年齢階級別平均給与額を一・一六倍したもの)を下回ることがないので、これから生活費を五〇パーセント控除して現時点における損害額をホフマン式計算法によつて計算すると、次のとおりとなる。

948,000×1/2×24.416=11,573,184

(3) 慰藉料 金六〇〇万円

原告らは、次男を亡くし、多大の精神的苦痛を被つたが、これを慰藉すべき額としては、原告らにつき各金三〇〇万円が妥当である。

(4) 葬儀費 金五〇万円

原告勝次は、秀美の葬儀費として金五〇万円を支出した。

(5) 原告らは、右秀美の逸失利益につき、法定相続分に応じて、各自金五七八万六、五九二円の損害賠償請求権を相続した。

4  結論

よつて、原告らは、自賠法一六条一項に基づき、右損害の範囲内で、それぞれ金七五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一〇月二八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1のうち、原告勝次が本件自動車の保有者であることは、否認するが、その余は、認める。

なお、本件自動車の登録原簿上の所有名義人が原告勝次であることは、認める。

2  同2のうち、秀美が原告ら夫婦の次男であること、交通事故が発生したことは認めるが、その態様は、不知。

3  同3の(1)は、認める。

同(2)ないし(5)は、不知。

4  同4は、争う。

5  被告の主張

自賠法一六条による保険金の請求権は、同法三条による保有者の損害賠償請求権が発生することを前提とするものであるところ、同法三条の責任は、「自己のために自動車を運行の用に供する者」が、その運行によつて「他人」の生命又は身体を害したときという要件を必要とする。

本件自動車は、その登録原簿上の所有名義人が、原告勝次ではあるが、秀美が、榛原郡相良町所在の生家を離れ、浜松市泉町所在の山本辰已方に下宿し、同市所在の遠州通信有限会社に勤務するに際し、専らその通勤用として、そのガソリン代等の維持費も秀美において負担し使用していたものであつて、その駐車場も右下宿付近にあつたものであるから、その保有者に該当するものは、秀美である。事故時において、本件自動車を運転していたものが、秀美であつたとすれば、被害者が運転者自身となるから論外として、渡辺であつたとしても(同人は運転免許を取得していない。)、運行供用者は秀美である。

秀美の本件自動車に対する運行支配は、原告勝次のそれを全面的に排除していないものとしても、原告勝次のそれより、より直接的、顕在的、具体的であるから、秀美も運行供用者というべく、秀美は同法三条にいう「他人」に該当しないので、同法一六条の保険金請求権も発生しない。

三  被告の主張に対する原告らの反論

本件自動車の所有者は、原告勝次であり、原告勝次が専ら通勤用に使用していたが、原告勝次の次男である秀美が、昭和五〇年七月二八日に普通自動車免許を取得した以後、乗用車を入手したく父親の原告勝次に要望していたので、原告勝次は、昭和五一年一月頃本件自動車を秀美の通勤用として無償で貸与したものである。

秀美は、榛原郡相良町所在の生家を離れ、浜松市泉一丁目一〇番一四号所在の山本辰已方に下宿し、遠州通信有限会社に勤務していたが、その下宿には、渡辺も居住していた。

本件事故当夜の昭和五一年三月六日の深夜ないし八日の未明、前記下宿において、渡辺はカツプヌードルを買いに行くため、秀美に本件自動車を貸してくれるように執拗に迫つた。秀美は、やむなく本件自動車を貸すことにしたが、車をつぶされては大変だと思い、渡辺の運転振りを監視するために同行したのであつて、本件事故当時、本件自動車を運転していたのは、渡辺である。

本件自動車の所有者である原告勝次と渡辺との間には本件自動車を使用するについて、黙示の使用貸借ないし秀美を介して貸借がなされていたというべきであり、この限りにおいて、渡辺が独占的に本件自動車を使用する権利を与えられたものというべく、秀美は保有者としての地位を離脱し、自賠法三条の関係においては、他人性を有するものである。

仮に、秀美が共同運行供用者の一人であるとしても、共同運行供用者相互の内部関係においては、本件自動車に対する運行支配は、具体的運行行為に関与していた渡辺に帰属しており、秀美は単なる同乗者として、自賠法三条本文の「他人」に当るものというべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告勝次が昭和五〇年七月一一日被告との間に、本件自動車につき、保険期間昭和五〇年七月一一日から昭和五二年八月一一日まで、保険料金三万五、三五〇円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

二  成立に争いない甲第一ないし第四号証、証人村松豪の証言によれば、秀美は、渡辺運転の本件自動車の助手席に同乗中の昭和五一年三月七日午前一時二五分頃、渡辺が運転を誤つて本件自動車を浜松市和合町三一五番地の四二九地先の石塚充方のブロツク塀に激突させたため、頭蓋底骨折等により即死したことが認められる。

三  成立に争いない甲第二号証、甲第三号証、甲第六号証、証人山本久江、同村松豪の各証言、原告原崎勝次本人尋問の結果及び前記認定事実並びに弁論の全趣旨によれば、秀美(昭和三二年三月二三日生)は、原告ら夫婦の次男であるが、昭和四九年三月末頃より静岡県榛原郡相良町地頭方二二番地所在の生家を離れ、同県浜松市泉一丁目一〇番一四号所在の山本久江方に下宿し、同市所在の遠州通信工業有限会社(以下遠州通信という。)に勤務していたところ昭和五〇年七月下旬頃普通自動車免許を取得したこと、秀美の父である原告勝次は、同県榛原郡相良町地頭方二二番地に居住し、昭和五〇年七月頃は榛原電報電話局に自己所有の軽四輪自動車で通勤していたところ、その頃本件自動車を購入し、一時本件自動車で同電報電話局に通勤したが同年八月上旬頃秀美に本件自動車を無償で貸与したこと、秀美は同年八月上旬頃より本件自動車を使用(燃料費は自己負担)として右下宿先から遠州通信に通勤していたが、同年一〇月上旬頃本件自動車で事故を起し、これに損傷を与えたので、原告勝次は秀美よりその返還を受け、修理してこれを使用していたが、昭和五一年一月上旬頃再び秀美にせがまれて本件自動車を無償で貸与したこと、以後、秀美は、本件事故当時まで、本件自動車を使用(燃料費は自己負担)して右下宿先(その駐車場は、右下宿の近くにあつた。)より遠州通信に通勤していたこと、渡辺(昭和三三年九月二九日生)は、昭和五〇年五月頃より前記山本久江方に下宿し、田川産業に勤務していたが、秀美とは仲のよい友人関係にあつたこと、本件事故当時、右山本久江方には下宿人が一三名位おり、うち運転免許を取得して自動車を使用していた者は、秀美を含めて六名位いたが、右山本久江方では、下宿人と賃貸借契約を結ぶ際、契約書に、無免許の者は自動車を借りない、無免許の者に自動車を貸さない旨を特約事項として入れており、また、そのことを下宿人がうるさがる位注意していたこと、原告勝次は、秀美に本件自動車を貸与してからは、秀美の下宿先に度々電話をかけ、秀美に対し、人に車を貸さないように、事故に気を付けるようにと注意し、また右山本久江に対し、秀美は運転が未熟なので、よく注意してほしい旨を依頼していたこと、本件事故当夜の昭和五一年三月七日午前零時頃前記山本久江方の渡辺の部屋に村松豪(下宿人)がいた際、渡辺と秀美が、秀美の部屋から渡辺の部屋にきて、渡辺が右村松に対し、「ちよつと流してくるから。」といつて窓から外に出、続いて秀美も、本件自動車を渡辺に損傷されては困ると思い、渡辺の運転振りを監視するため、スリツパを履いてその窓から外に出て行つたこと、そして、しばらくして前記事故が発生し、助手席の秀美のほか、無免許運転していた渡辺も死亡したことが認められる。

ところで、自賠法三条により自動車保有者が損害賠償責任を負うのは、その自動車の運行によつて「他人」の生命又は身体を害したときであり、ここに「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうものと解すべきところ、前記認定事実によれば、本件自動車の所有者は、原告勝次であるとしても、原告勝次は昭和五一年一月上旬頃次男秀美に本件自動車を無償で貸与し、以後、秀美は、本件事故当時まで、本件自動車を使用して前記下宿先から遠州通信に通勤しており、本件自動車は、秀美の通勤用として使用されていたものであるから、本件事故当時原告勝次による運行支配が全面的に排除されていたとまではいえないにしても、秀美の運行支配は、原告勝次のそれに比して、はるかに直接的、顕在的、具体的であるものというべく、本件事故の被害者である秀美は、他面、本件事故当時本件自動車を自己のために運行の用に供していた者であり、自賠法三条の「他人」とみるのは相当でないものというべきである(最高裁判所昭和五〇年一一月四日第三小法廷判決、集二九巻一〇号一、五〇一頁、判例時報七九六号三九頁参照)。

原告らは、本件自動車の所有者である原告勝次と渡辺との間には、本件自動車を使用するについて、黙示の使用貸借ないし秀美を介して貸借がなされたものであり、この限りにおいて、渡辺が独占的に本件自動車を使用する権利を与えられたものというべく、秀美は保有者としての地位を離脱し、自賠法三条の関係においては、他人性を有する旨主張するけれども、前記認定事実によれば、原告勝次は、秀美の下宿先に度々電話をかけ、秀美に対し、人に車を貸さないようにと注意していた位であるから、原告勝次が無免許の渡辺に対し、本件自動車を貸すことを承諾することは考えられず、原告勝次と渡辺との間に、本件自動車を使用するについて、黙示の使用貸借ないし秀美を介して貸借がなされたものとみるのは困難であり、従つて、渡辺が独占的に本件自動車を使用する権利を与えられ、秀美が保有者としての地位を離脱したものとみるのは、相当でないものといわねばならない。

次に、原告らは、秀美が共同運行供用者の一人であるとしても、共同運行供用者相互の内部関係においては、本件自動車に対する運行支配は、具体的運行行為に関与していた渡辺に帰属しており、秀美は単なる同乗者として、自賠法三条本文の「他人」に当る旨主張するけれども、前記認定事実によれば、本件事故当時、秀美は、渡辺に本件自動車を損傷されては困ると思い、渡辺の運転振りを監視するため、本件自動車の助手席に同乗していたものであるから秀美の本件自動車に対する運行支配は、依然として存続していたものとみるのが相当であり、従つて、秀美が単なる同乗者として、自賠法三条の「他人」に当るものとするのは、相当でないものというべきである。

以上のとおり、秀美は、本件事故当時、運行供用者であり、自賠法三条の「他人」に該当しないものとすれば、同法条による損害賠償請求権は発生しないものというべく、従つてまた、その発生を前提とする同法一六条による保険金請求権も発生しないものというのほかはない。

四  よつて、原告らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 人見泰碩)

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